ブログ版・仙台藩の天文学史
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天文方
江戸時代には8家の天文方があった。
渋川、猪飼、西川、山路、吉田、奥村、高橋、足立の8家である。
なかなか出てこないのが、奥村家。誰がいつ、何ゆえ天文方になったのか、InputされていないからOutputできない。。。 
渋川家の補佐をして天文方になったのが猪飼家。しかし、すぐに断絶。
宝暦の改暦に際して、西川家が天文方になるが、すぐに断絶。そして、その前に西川家を支えた、佐々木秀長が後に天文方に抜擢。天文方・吉田家となる。
一方、幕府の天文学者として、宝暦の改暦に参与した山路主住は、天文方山路家となるが、二代・之徴の時に天文方を解かれ、三代・徳風が再び天文方となる。宝暦暦の修正は吉田家で行われたが、山路家はその間渋川家の補佐をしたかも知れない。
寛政の改暦で、高橋家が新設される。至時の長男・景保が高橋家を継ぎ、次男の景佑が渋川家の養子となる。渋川家だけは、断絶させられないとの意思を感じる。。。高橋家は、シーボルト事件で断絶。一方、至時と同門であった足立信頭が足立家として分離。
ん〜、やっぱ、奥村さんちの位置付けができてない!


         
               ┌―山路家―――・・・―――――――――――
               ?
渋川家―┬―――――┴――――――――・・・┌―――――――――
      |                        |  
      └―猪飼家(断絶)             |   
                   . . .  高橋家――――┴―┬―(断絶)     
 .    .   .   .   .    .    .    .    .   .| 
         西川家―┬(断絶)             └―足立家――――
               |
               └――吉田家――┬―――――・・・・
                           |
                           └奥村家――(断絶)

.

てな感じで分類。赤くないところは未調査事項。
まだまだ、知られざる天文学史が埋もれてる・・・・・
今日は寝ます。。。zzz・・・

この記事に対するコメント
Re:天文方
少し誤りがあります。
高橋至時の長男が景保で、次男が景佑です。足立信頭は至時と同じ麻田剛立の弟子であり、至時の弟子ではありません。
「渋川家だけは、断絶させられないとの意思を感じる。」「足立家が高橋家から分離」という記述にも少し違和感があります。
【2007/01/28 02:31】 URL | 荻原哲夫 #- [ 編集]


おはようございます。
本当だ、、、酔った勢いで、書いてはいけませんね。
早速、修正しておきます。
ありがとうございます。
【2007/01/28 08:01】 URL | くろすけ #- [ 編集]


やはり、酔った勢いでしたか。
でも、天文方八家の成り立ちの歴史を再考させてくれました。
【2007/01/28 08:52】 URL | 荻原 #- [ 編集]

追加:説明
荻原さま
補足させていただきます。
渋川家を断絶させてはいけないという一節は、天文方、山路家・吉田家が成立した後も、渋川家が続いており、千葉歳胤らが宝暦の改暦後に渋川家のサポートを行っていたらしいことによります。猪飼、西川、奥村家はすぐに断絶したのに、なぜ、渋川家に人が集まるのだろうか?しかも、関流の流れを汲む人物が。。。もちろん、現段階ではなにも根拠はありません。
 
一方、足立家の位置づけですが、昨日の間違いにもあるとおり、奥村家の次に足立家については勉強不足でよくわかりません。この系図は、学問の流れを把握するために頭の中にあるものを書いてみたもので、高橋家から分離と言うよりは、高橋家と同じ流れを汲む系統が足立家であると捉えて頂ければ幸いです。
【2007/01/28 17:26】 URL | くろすけ #- [ 編集]


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