ブログ版・仙台藩の天文学史
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茂蕃一代記
戸板保佑の『茂蕃一代記』は、宝暦十二年で終わっている。
なぜ、こんな中途半端な形で終わっているのだろうか?

ひとつの仮説がある。
失われた後編があるということ。

根拠は、茂蕃一代記の表紙に”享”と書かれていること。
推測だが、これは”亨”の誤りではないか?

元々、茂蕃一代記は「元亨利貞」の4冊からなり、
”元”と”亨”を一冊としたのが、今の一代記。
”利”、”貞”がまだまだ続くのでは・・・・とおもふ。

「元亨利貞」も、元々は易の言葉、らしい。


元史四十八正方案考
まもなく『関算四伝書』が出版されるそうだ。
http://www.bensey.co.jp/book/1993.html

没後300年記念出版とあるように、主役は関孝和。
ん〜、戸板の生誕300年記念ではないけど、仕方ないかな。

4期に分けての出版。第1期は3冊。
値段は・・・・・どうやら、個人で買うものではないらしい。

これが『天文四伝書』なら買っちゃうかもw

『天文四伝書』にも、「天文大成三条図解」、「天文数学雑著」、「関訂書」、「元史四十八正方案考」、「四余算法」と、関孝和の著作が並んでいる。いやいや、「元史・・・」は、関の著作としては見当たらない。中身は「元史」の48巻にある正方案に関する考察であるらしい。
でも、この順序で並んでいるのはなぜ?


名前の間違い
仕事をしていて、よく怒られるのが人名の間違い。
『ちゃんと確かめろよ!失礼だろ?』
全くもってその通りです・・・・orz
 
しかし、言い訳ではないけれども、昔って結構アバウトだよなと思うときがある。
理右衛門が利右衛門、算哲が三テツ、保佑が保佐・・・
この辺を考慮して史料を読み解かなければならない。

S市を代表する天文学者・戸板保佑はよく間違えられる。『戸板保』と。
特に、なぜかS市のホームページに間違いが多い。
ぐぐる限り、S市関連のHPで正しいのは2つ。
間違っているのが、3つ・・・・。
先日、その謎がとべてすけた。
今から50年前、S市に天文台が作られようと意見書が出された時。。。
この意見書には『保祐』とある。。。。
基本資料に間違いがあれば・・・・そりゃ、引きずられるよなぁ・・・・。

地名もまた然るべく。
江戸の史料で岩出山岩手山なんて、ざらw
同じ東北でも岩出山(宮城県のいわでやま)と岩手山(岩手県のいわてさん)は、全く別物。。。。150kmほどの差がある。
そこを考慮して、読み解かネバーーーなのである。
 
でも、人名の間違いは怒られる・・・・これはもっとも。

実を言うと、このブログでもやらかせた・・・
浅学の頃、よく間違えていた。。。『佑』と『祐』。
HPの方は何とか修正したものの、ブログのコメントで『祐』の字を使ってしまった・・・・直せない。。。。orz


天文三説附考
戸板康二という作家がいた。
ファンの方のサイトに面白いことが書いてあった。
http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/c/news/10.html
戸板康二のエッセイの一節である。
『初対面の相手と名刺を交換して、しばらく話をしたところで、「とさかさん」という人がある。大まかに、文字を読んだのである。ある落語家と雑談した時、この話をしたら、「そういうのを、とさかに来るというんです」といった。』・・・(笑)

さて、さて。ここからが本題。
だからといって戸坂で検索をかけた訳ではないが(多分、キーワードは 保佑、天文)検索で引っかかったのが戸坂保佑。。。どう見ても、戸板保佑のことだ。
間違えるなよ!今まで、知らなかったぢゃないか!と、トサカにきたw
どうやら中・韓・日の文化史研究学会の会報らしいが、タイトルもよくわからないので追跡の足が止まりかけている。
http://www.dbpia.co.kr/view/is_view.asp?pid=859&isid=34694&topMenu=&submenu=
の25番目の論文。 
 
목차

一 序論
二 「天文秘書」所收文獻の性格
三 天文圖義解註
四 天文三説
五 天文三説附考
六 結び

おおっ、、、天文三説附考についての論考ではないか!
保佑の「天文四伝書」の中で、最も見たい、読みたい、手にしたい一冊。序文を友人に見せてもらったが、それがまさに保佑の考え方を示している。彼は科学者だと言い切れる根拠。これを論ぜずに保佑は語れないほど、パンチの効いた一文なのである。しかし、友人に「論文で発表するから待っててねぇ〜。」と言われている。自分で見ていないものを、すっぱ抜いて書いちゃう訳にはいかないし・・・^^;
その、三説附考をどのように論評しているのか、気になる、気になる、気になる。どうやら、このサイト。有料で論文がダウンロードできることがわかった。2500ウォンだから・・・えーっと。。。高くはない。(310円になるそうだ)

どなたか。この論文の入手方法をご教授くださいませ。。ヒントでも。お金がかかるのであれば、ちゃんとお支払いいたします。 m( _ _ )m

テーマ:みちのく仙台 - ジャンル:地域情報

戸板家文書
 先日、色々と検索をしていたら戸板家文書なるものがあるのに気が付いた。早速、所蔵しているT歴史博物館に問い合わせ。

 仙台で戸板家といえば和算家の戸板家か、養賢堂学頭となった新井雨窓の実家である石森の戸板家。新井雨窓は、兄の戸板養碩が殺されたため、3人の兄弟で仇討ちを果たしたことでも知られている。問い合わせの結果は後者であり、仇討ちに関する資料群であった。しかし、気になることがあったので、資料を送ってもらうことにした。
 
 それが、本日到着。
 
 2つの戸板家は、共に日野家に養子を出している。和算家・戸板保佑の次男は日野家(多分保佑の奥さんの実家)の養子となり日野多利之助として名を残している。一方、雨窓の弟は日野内蔵之助という。頂いた資料の中には、保佑の孫らしい名前も見つかる。時代も合う。一方、戸板保佑よりずっと以前に分立した戸板家であるらしい記述もまたコレあり。
 
 まだまだ、継続調査が必要みたい。でも一歩前進。