ブログ版・仙台藩の天文学史
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S市の天文台
知り合いのブログにS市の天文台が紹介されていた。
伊坂幸太郎氏の色紙と天文台。

ヨネザアドの学びの杜・遊びの海(米澤誠の公式ブログ)

実は、伊坂氏と天文台には深い関係がある。
伊坂氏の『終末のフール』、その中の「天体のヨール」。
この作品を書くのに、天文台などを取材をしたと『終末のフール』に書かれている。
取材を受けたS市天文台のK氏とEN大学のT教授。
K氏は新天文台となった今でも職員だし、T教授は現在の天文台長。
 
さて、ここからはあくまでもボクの脳内妄想。。。。
もしも、「天体のヨール」をプラネタリウムで上映するとしたら、、、、
(伊坂氏の作品は、最近次々映画化されているので、ついついこんな妄想を・・・・w)
どんな風にするのであろうか。。。これは結構、難しい。
S市の天文台
プラネ     望遠鏡

S市天文台のロビーには、昔の天文台にあったプラネタリウムが置いてある。
「元気かい?」
ボクが話しかけると、背筋をピンと伸ばしたプラネが、
「ええ、ここにも慣れました。」と、答える。
そして、少し奥にある望遠鏡。
彼がホントウに美しく見えるポーズは、右斜め上45度。
しかし、今の彼は右斜め上10度・・・。
うつむいているのか、それともしゃがんでいるのか?
「どうしたんだい?その格好は?」
「はい。これが今のボクの仕事なんです。」
彼は、生き生きとした言葉で、ボクに返事を返した。
新しい望遠鏡へと続く階段の踊り場で、ようやく彼の言葉を理解した。
全てが良く見えるように、彼はお辞儀をしているのだ。

皆さん、ありがとうございました
先日、とある中学校で、戸板保佑の話をしてきました。
それでもって本日、たくさんのお手紙を頂きました。

これまで、何度か天文史の話をしてきましたが、
何と、戸板保佑を単独で取り上げるのは今回が初めて。
時間が足りなくなって、最後は汗アセ・・・

にもかかわらず、丁寧なお礼状をありがとうございました。
皆さん、それぞれ心に残った印象が異なるようで、
戸板保佑はもちろん、伊達宗村、坤輿万国全図、Ao先生、占星術、暦・・・・
そうか・・・それかぁ。。。。ああぁ、あれねなどと、
たいへん興味深く読ませていただきました。

お話をさせていただく機会を頂いたことにも深く感謝しております。
また、機会がありましたら、どこかでお会いしましょう、です。
渾天儀
葛飾北斎の富嶽三十六景は大変有名ですが、富嶽百景というのもあります。
この中には、浅草の頒暦所かなぁ・・・直径2mをゆうに越える巨大な渾天儀が描かれています。
江戸から見た富士山の方角は西。
であれば、この渾天儀は北ではなく、南を向いている。
をいをい、設置方向がぎゃくだよ、逆!

渾天儀による測量に欠かせない”玉衡”が無いし、これは多分、設置工事の途中。
背中を向けた監督員の小普請組の武士が、
「ほぉ・・・これは、すばらしい!」
と、感心してつぶやいているのを尻目に手前の二人が笑ってる・・・・
「反対なんだけどさぁ・・・www」

それとも、単に裏返し???

富嶽百景

3編の15の画像です。

関新助の生まれた年
以前、撮影していた史料を見ていたら、仙台藩の勘定方であった江志知辰が生まれた慶安2年(1649)当時、関新助が10代であった、と書かれていた。
幕末の仙台の人が書いた史料だから、直接関孝和を知っている人の証言でもないので、どこまで正しいかはわからない。しかし、これが本当なら、関孝和は1631〜1640年の生まれということになる。従来の説が1639〜1642年とされているので、更に生没年を絞ることができそうだが、いかんせん信頼度に乏しいデータであることは否めない。 ん〜。。。。